高齢者の筋トレ

 2007年、デンマークでこんな研究報告がなされました。
 85〜97歳の高齢者(平均年齢89歳)を対象として継続的に3カ月間、筋力トレーニングをしてもらった結果、膝を伸ばす筋力が平均38%アップし、下半身を支える大事な太ももの筋肉である大腿四頭筋の面積が平均9.8%増大した。
 つまり、トレーニングのやり方さえ間違わなければ、筋肉は何歳からでも鍛えられることが証明された。筋トレを始めるのに遅過ぎるということはないのです。

 

50年間で半減する筋肉も
 無論、年とともに筋肉が衰えていくのは紛う方なき事実です。人間の筋肉量は30歳頃にピークを迎え、その後は緩やかに減少していく。大腿四頭筋を例に取ると、30歳から80歳までの50年間でおよそ50%、つまり半分ほどにまで筋肉量は減ってしまいます。
 また、下半身に比べて衰えが緩やかな上半身の筋肉量も、30歳の頃に比べると80歳前後で70〜80%程度に減少し、特に75歳になり後期高齢者の仲間入りをすると顕著に筋肉量が落ち始める。ペットボトルの蓋が開けられなくなったり、何気なく手に持っていたモノを落としてしまったりと、日常生活に支障が生じることも出てきます。
 しかし、筋肉におけるこうした「80歳の壁」や「75歳の壁」も、先のデンマークの研究結果から分かるように、年だからといって諦めてしまう必要は全くありません。なによりも、筋トレの効果は、筋力アップという直接的なものにとどまらず、健康全般に及ぶのです。なぜなら、筋肉は我々の体にとって非常に重要な役割をいくつも果たしているからです。
 まずは体を動かす「エンジン」の役割。「立つ」「歩く」「しゃがむ」といった日常的な動作は、筋肉があってこそ可能であるのは言うまでもありませんが、心臓の鼓動や横隔膜の呼吸運動、コミュニケーションのための発声も、筋肉の収縮によって起こります。筋肉は、私たちの生命を維持する土台ともいうべき存在なのです。
 次に「ストーブ」としての働きです。恒温動物であるヒトは、常に体温を一定に保つために自ら熱を生み出す必要があります。それには「ふるえ熱産生」と「非ふるえ熱産生」の2種類があり、前者は寒くなると体がガタガタと震える場合などの熱産生で、筋肉の収縮によるものです。そして後者は、体内でエネルギーを消費することによる熱産生で、そのうちの6割は筋肉のエネルギー消費によって生み出されています。
 また筋肉は体内に水をためる「ダム」の機能も果たしています。人体の約6割は水分といわれていますが、そのうちの約8割は筋肉がため込んでいます。つまり、筋肉が少ない人ほど脱水症状を起こしやすくなるわけです。そして脱水状態が続くと、血栓ができる危険性が高まり、脳梗塞や心筋梗塞を引き起こしやすくなってしまいます。
 さらに近年では、筋肉がホルモンを分泌する役割にも注目が集まっています。筋肉が収縮することで作られるホルモン様の活性物質を総称して「マイオカイン」と呼び、100種類以上あることが報告されています。そのひとつの「IL-6」は脂肪に働きかけて分解を促す作用があり、肥満防止や動脈硬化予防が期待できます。
 他にも12年に見つかった「イリシン」というマイオカインは、脳の海馬に働きかけ、短期記憶や学習能力をアップさせる効果があることで知られているBDNF(脳由来神経栄養因子)を増やしてくれることが分かっています。筋肉はイリシンを分泌することによって脳の活性化にも一役買っている可能性があるのです。
 以上のように、筋肉は極めて多彩な働きをしているわけですが、鍛えれば増える一方、使わなければ確実にその量は減っていきます。完全に寝たきりの状態だと、足腰にある大きい筋肉などは1日に0.5%のスピードで衰えていくといわれています。単純計算で、10日で5%、1カ月(30日)で15%も筋肉量は減ってしまうのです。大腿四頭筋のような足腰を支える筋肉は、椅子から立ったり、歩いたりする時に働くので、衰えることで足のもつれや転倒につながりやすい。すると、動くこと自体がおっくうになる。
〈加齢による筋力低下「サルコペニア」→身体機能が落ちて思うように動けなくなる「ロコモティブシンドローム」→身体活動に加えて認知機能や栄養状態も悪化する「フレイル」〉
 この悪循環に陥るリスクがあるわけです。
 とりわけ、コロナ禍の巣ごもりの影響で、その危険性は増大していると感じます。実際、20年に最初の緊急事態宣言が発出されていた時期の3カ月間、それまである運動教室に通っていた高齢者のグループを追跡調査した結果報告が存在します。それによると、わずか3カ月間で体脂肪率の平均値が2%上昇。コロナ禍が始まり、2年半以上が経過した今、私たちの筋力の衰え、体力の低下はかなり深刻なものになっているのではないかと懸念しています。
 なお、高齢者に限らず、リモートワークの影響も心配されます。実は「通勤による運動」はバカにならず、普段、毎日7千〜8千歩あるいている人でも、在宅勤務だと2千歩あるけばよいほうで、全体的な活動量は5分の1に低下してしまう。必然的に筋肉も衰えていきます。
 世の中が便利になると、人間は動かなくなり、不健康に陥る――。
 人類が抱えるジレンマのひとつといえるでしょう。
さて、それでは「80歳の壁」や「75歳の壁」が立ちはだかる高齢者は、どのように筋トレを行えばよいのでしょうか。
 繰り返しになりますが、何歳になっても筋肉は鍛えることができます。しかし、闇雲にトレーニングをすればいいというわけではありません。とりわけ高齢者は、筋肉に負荷を掛けようとしても、その負荷で骨や関節を痛めてしまうリスクが高い。また、心臓や血管などの循環器系の持病がある人も多く、筋トレ中に血圧が上がり過ぎてしまい健康を害するリスクもあります。したがって、当然のことながら大事なのは単に「鍛える」ことではなく「適切に鍛える」ことになります。
 適切な筋トレ、すなわち筋肉への適切な負荷とはどの程度のものなのか。筋トレというと、どうしても四半世紀前のイメージが付きまとい、「気合い」や「根性」などが重視されがちですが、今の時代はしっかりとした科学的な根拠に基づいて説明することができます。ここでは「速筋(そっきん)と遅筋(ちきん)」、そして負荷の強さの指標としての「RM(レペティション・マキシマム=最大反復回数)」という概念について解説したいと思います。

 

より鍛えるべきは「速筋」
 まず、筋線維には瞬発力やパワーを発揮するのに活躍するものの持久力に乏しい速筋と、逆にスピードには劣るが持久力には優れた遅筋の2種類があります。加齢に伴い衰えが激しいのは前者です。したがって、老化を食い止めるために、より鍛えるべきは速筋ということになる。この速筋線維は、やや強めの負荷を掛けることで増えます。
 次に「1RM」とは、その人が「1回しか持ち上げられない(できない)負荷」を意味します。例えば、歯を食いしばって頑張れば100キロのバーベルを1回なら持ち上げられる人がいたとします。この人にとって100キロのバーベルが1RM強度に相当します。2RM、3RMとなるにつれ、バーベルの重さ(負荷)は軽くなっていきます。
 これまでは、どうにか1回持ち上げられる負荷の8割程度、つまり「80%1RM」が速筋を最も太くするとされてきました。「70%1RM」では効果は弱まり、「65%1RM以下」だとほとんど効果はないと。
 ところが、ここ10年の研究のなかで、「30%1RM」の負荷であっても、筋肉が真に疲労困憊(こんぱい)するまで反復すれば筋肉を太くできることが分かってきました。
 ただし、ここでひとつ大きな問題が生じます。30%1RMで効果を得るための「疲労困憊になる程度までの反復」は、スクワットで考えると概(おおむ)ね40回を3セット繰り返す必要があり、心臓や呼吸器への負担が非常に大きくなってしまうのです。
 つまり、老化を防ぐポイントとなる速筋線維を太くするためには、短時間で80%1RMの高負荷トレーニングを行うか、長時間にわたって30%1RMの低負荷トレーニングを継続するかの2択しかないことになります。いずれも高齢者にとってはあまり現実的ではありません。結局のところ、高齢者に適切な筋トレは存在しないのか……。
 そんなことはありません。私たちの研究グループはスロートレーニング、略して「スロトレ」を行うことで、高齢者でも安全かつ効果的な筋トレ成果が得られることを実証しています。
 スロトレのポイントは、スローに、つまりゆっくりと筋トレを行うことよりも、常に筋肉を緩めない点にあります。もちろん、速いスピードで筋トレを繰り返す必要はないという意味においてはスローといえます。しかし、むしろ大事なのは、例えばバーベルをゆっくり上げてゆっくり下ろしつつ、「筋肉が緩む瞬間」を作らずに繰り返すこと、すなわちゆっくりと滑らかに動き続けることです。
「スロー=ゆっくり」というと、上げて、下げて、一息つきつつ、また上げて……と、極端に言えば「ダラダラ」と筋トレをするというイメージを持ちやすいかもしれません。しかしこれでは、やはり疲労困憊になるまで追い込まないと30%1RMでは効果は得られない。
 ところが、動きはスローながら絶え間なく滑らかに筋トレの動作を繰り返すことで、30%1RMでも筋肉は太くなる。「滑らかに動き続ける」ことにより、筋肉の内部圧力が高まって血流の抑制が生じ、筋肉が低酸素状態になる。その結果、高負荷での筋トレと同じくらい急速に筋疲労を起こすことができるのです。
 具体的に説明しましょう。高齢者にとって特にお勧めの筋トレはスクワットです。スクワットはキング・オブ・エクササイズともいわれ、太ももからお尻、体幹の筋肉など幅広く鍛えることができます。QOL(生活の質)の面から考え、「立つ」「歩く」といった日常の基本動作を支える意味でも、やはり高齢者にとってスクワットで下半身を鍛えることは“命綱”ともいえます。
 スロースクワットは、4秒かけて沈み、4秒かけて上がるというペースで、筋肉を緩ませることなく滑らかに上下運動を繰り返す。1セット5〜8回を3セット。これを週2、3回行うことで十分な効果が得られます。なぜなら、筋トレを行った直後から72時間後にかけて、筋線維の中ではタンパク質合成が活発化した状態が続き、その合間に「追加」してもさらなるタンパク質合成を促すのは難しいからです。したがって、毎日やっても構わないのですが、実際の効果は週2、3日の場合と大差はありません。

 

「週に2、3回」
 健康長寿の要となる足腰を鍛えるスロースクワットから始め、その後に、壁に手をついた状態でのスロー腕立て伏せなどを追加していくといった順番が高齢者にとってはよいでしょう。現在67歳の私自身、スロースクワットを3セット、足を前後に開いて行うスプリットスクワットを3セット、さらに有酸素運動としてウオーキングとエアロバイクを加え、これを週に2、3回行っています。
 人生100年時代、QOLを支える基本となるスロースクワットを始めるのに遅すぎることはありません。なにしろ、「平均年齢89歳」の高齢者であっても成長することができたのですから。

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