年をとるほど脳が活性化する条件

 「年をとれば物覚えが悪くなり、頭の働きが鈍くなるのは仕方ない」という既成概念を覆し、人の脳には加齢に抗する底力があることが近年の脳研究で明らかになってきた。

脳は高齢になっても可塑性(自分とその周辺の状況に応じて変化する能力)を維持し、誰もが加齢に従って認知力の低下を体験するとは限らない。逆に中年以降に高まる能力もあるということなのだ。

 

 研究者に加齢と脳の関係を再考させるきっかけとなったのは、約5000人を対象に加齢による脳の様々な変化を半世紀以上も追跡調査してきたワシントン大学の「シアトル縦断研究」。認知力を測る6種のテスト中4種で、高齢者の成績は20代よりも良かった。記憶力と認知のスピードには加齢に伴う低下が見られたが、言語力、空間推論力、単純計算力と抽象的推論力は向上していた。この研究は加齢による記憶力の低下には個人差が大きいことも明らかにした。被験者の15%は高齢になってからのほうが若いときより記憶力が優れていたのだ。

 

 fMRI(機能的磁気共鳴画像法)やSPECT(シンチグラフィー)といった造影診断法を利用しての研究も進み、脳には加齢に対抗するメカニズムがあることも証明された。トロント大学のシェリル・グレディー博士によれば、高齢者はひとつの作業の達成に向けて若年層が使わない脳の部位も活性化させている。

 

 例えば記憶処理を主に担う側頭葉内側部が加齢により不活性化するに伴い、高齢者は前頭前皮質腹内側部、前頭前皮質背外側部も記憶処理に動員し、注意力といった認知機能の補強に前頭葉と頭頂葉の両方を活用している。若年層は単純作業には左右の片側の脳しか使わないが、高齢者では左右の脳を活用する傾向が見られ、活用する部位が多いほど成果は良い。

 

高齢者は脳の多くの部位を活用
 高齢者は若年層より物の見方が前向きになることも南カリフォルニア大学の研究が証明している。高齢になると情動反応を司る扁桃体がネガティブな刺激に反応しにくくなるのだ。また40歳を過ぎた頃からネガティブな記憶よりポジティブな記憶のほうが増え、その傾向は80代まで続く。つまり感情に左右されにくく、ストレスに強くなるということだ。

 

 グレディー博士によれば高齢者の「頭の使い方」が変化する理由のひとつは脳の一部の機能低下を補うということだが、それだけではないようで、同じ結論に達するのに様々な脳の部位を使うのでより深い洞察が伴い「知恵脳」になるとも考えられる。

 

 「ですから国や企業のリーダーには高齢者のほうがふさわしいともいえるのです。若い頃と変わらない『脳力』を持つ高齢者は少なくありません。脳には優れた可塑性があり脳の備蓄、維持、補償がうまくできていれば70代、80代になっても人は優れた脳力を保てます」と、グレディー博士。脳の備蓄とは知識や技能の蓄積を意味し、維持とは脳細胞の自己修復力を意味する。補償とは前述のように一部の機能低下を他の脳の機能で補うシステムのことだ。

 

 脳の「備蓄」「維持」「補償」を助ける外的要因として研究者が奨励するのは健康な食生活、適度の運動、様々な活動による脳への刺激、積極的な社会参加だが、近年特に注目されてきたのは瞑想の効果だ。
「加齢による脳の機能低下の多くは瞑想で防げる」とするのは24歳から77歳の100人を対象に加齢による灰白質(神経細胞の細胞体が密集する部分)の変化を調べたカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究報告。全般的に加齢による灰白質の体積減少は見られたが、瞑想をした人は減少が抑えられ、体積が減少した部位も狭かった。

 

 マインドフルネス・トレーニングはストレス低減を主目的として考案されたプログラムで自分の体の感覚に意識を集中する「ボディスキャン」、ヨガと瞑想などを日課とする。「脳も筋肉と同じで鍛えればそれだけ育ちますが、脳を鍛えるには激しい運動をする必要はなく、頭を雑念から解放し休ませる瞑想やヨガ、気功などが効果的なのです」とラザール博士は語る。

 

 瞑想や祈りの最中の脳の変化を長年にわたって調べてきたトーマス・ジェファーソン大学のアンドリュー・ニューバーグ博士によれば、記憶力や認知力に関わる前頭葉を活性化させるには呼吸に意識を向けたり、一点を見つめたり、マントラや暗示の言葉を繰り返すなど、意識を集中させる瞑想を1回15分から1時間、一日に1、2回実践するとよいそうだ。

 

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