百歳のお方

上級カウンセラー 下田先生

 

 「私はもうすぐ100才になりますよ」
 大正8年生れの彼は老人ホームで暮している。
 若い頃は「映画俳優でもやっていた人かしら」と思う程キリリとした美形である。スリムで長身、色白の顔立ちは上品で99才とは思えない肌つや等々…。
 きれいな顔立ちの方は高齢になってもきれいなまま年を重ねるものだと思う。
 今日は選挙の不在者投票のため、別棟にある自分の部屋から、ここに車イスで連れて来られたと言う。
 久しぶりに会えたからか彼の話は、はずむ。
 「私はね、エノケンと酒の飲み比べをした事があるよ」等と言った逸話も出る。
 エノケンとは、あの日本の喜劇王と言われた榎本健一さんの事。何しろ出る話が古い!!ペギー葉山の訃報を聞いた時などは、涙を流しながら彼女と二人で撮った写真を見せてくれた。話は正確に、はっきりと言う。どうやら彼の脳みそは年をとらないようだ。
 彼の個人情報によると、息子は東京大学を卒業し大学教授をしていて、孫も東京大学を卒業したと言うから、この顔は脳の良さの表れ?なのかとも思った。
 彼は、長い事東宝撮影所で電機系統の仕事をまかされていた。映画や舞台の照明や音響、それに宝塚歌劇団の舞台も担当していたと言う。なので俳優や歌手の方々とのおつき会いもあったのだと思う。
 そんな人生経験豊かな彼に、私はこんな質問をしてみた。
 「いよいよ令和の時代が来ますね。大正、昭和、平成、令和と4つの年号をまたにかけるあなたに聞きます」
 令和生れの人は平成生まれの人に育てられる訳ですが、そこで、「令和生れの人々の人間像は、あなたにはどんな風に見えますか」という問いに彼は少し考えたあと、
「わかりません。わかりませんよ」と言ってから、「文化的な面では、今より優れた人々が多くなるでしょうね…。」
「でも…個人重視で社会の連帯感とかよりは、自分を大切に思う、そんな人々が増えるかもしれませんね…」と話した。
 私の妄想は、この話をきっかけにどんどん膨らむ。
 「そうか…。次の時代はいよいよAI(人工知能)の時代か…。」
 人がやっていた事をロボットがより正確に、しかもスピーディーにやりこなす。単純作業から、難易度の高い外科手術までも。人が考え悩みあぐねている事でも、AIに聞けば一発で回答が出る。もちろん宇宙開発にも大いに活躍するだろう。今でもやっているが、インターネットを開けば世界中の情報が瞬時に入手でき、物や食品の売買も人と会話をする事なく用が足り1〜2日で自宅に届く。令和にはその市場がもっともっと拡大するだろう。それに伴って人と会話をしなくても何不自由なく生活できる世の中になり、相手の顔を見て、表情や目の変化を察し会話をする機会はグンと減るだろう。いわゆる「フェイス・トゥ・フェイス」の付き合いは嫌手だと思う人が増えて行くのではないか。
 人との関わりの機会が少なくなると、人間関係上のトラブルや失敗経験も、おのずと少なくなり、それらからの学びも稀薄になってしまう。要するに人は頭でっかちの方向に行くのではないか。頭脳の発達は加速しそれに比べ心の発達(情緒面)では遅れるような気がする。やわな人間こそ、人同士の触れ合いが大切だと思う。助けたり助けられたりしながらお互い人によって育てられ成長していくもののように思う。
 100才になる方のお知恵を拝借して、ふと老婆心ながらこんな先走った事を考えたある日の私なのでした。

 

*エノケン 榎本 健一 日本の俳優、歌手、コメディアンである。当初は浅草を拠点としていたが、エノケンの愛称で広く全国に知られていった。「日本の喜劇王」とも呼ばれ、第二次世界大戦期前後の日本で活躍した。

 

*ペギー葉山は、日本の女性歌手、タレント。1952年にキングレコードよりデビュー。デビューから60年を迎えてもなお、第一線で活躍し続けた。

 

*A I 人工知能とは、「『計算(computation)』という概念と『コンピュー(computer)』という道具を用いて『知能』を研究する計算機科学(computer science)の一分野」を指す語。「言語の理解や推論、問題解決などの知的行動を人間に代わってコンピューターに行わせる技術」、または、「計算機(コンピュータ)による知的な情報処理システムの設計や実現に関する研究分野」ともされる。
これまで人間にしかできなかった知的な行為(認識、推論、言語運用、創造など)を、どのような手順(アルゴリズム)とどのようなデータ(事前情報や知識)を準備すれば、それを機械的に実行できるか」を研究する分野である。

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