いま(2025年11月時点)の量子コンピューター開発

“何がどこまでできたのか/次に何が起きるのか/社会への影響は何か”の順で、要点だけギュッとまとめます。

 

1) いま何が起きている?──NISQの次、「初期の誤り耐性」時代へ
・エラー訂正が実用域に近づいた
Googleは表面コードで**“スレッショルド下”(論理ビットが大きいほど指数的に良くなる領域)を実験的に実現。最良の物理ビットより2.4倍長寿命**の論理メモリや、63μsのリアルタイム復号などを示しました。これは「誤り訂正が本当に効き始めた」ことを意味します。
・イオントラップ陣営の“総合力”が抜けて伸びる
QuantinuumはH2系で量子ボリューム QV = 223(約840万)を達成。2025年発表の新機「Helios」では“ブレークイーブン超え”の論理ビット50個規模と、量子磁性や高温超伝導題材の大規模エンコード計算を報告。
・IonQは実アプリ志向の指標 #AQ を更新
#AQ 64と99.99%の2量子ビットゲート忠実度を公表(Tempo 系)。アルゴリズムの層を重ねても崩れにくい“実行耐性”の改善を示しています。
・中性原子は“ロジカル指向”とスケールの両立へ
ハーバード等は論理ビットでの可搬・再配線を備えたプロセッサを実証。さらに2025年には**AFT(Algorithmic Fault Tolerance)**という“誤り訂正の時間オーバーヘッドを桁で削る”新手法がNature掲載(フレームワーク)。ハードへの実装が次の焦点です。
・IBMは“System Two”の配備を加速
Heron(156量子ビット)を積むSystem Twoを日本(理研・富岳と同居)やスペインに導入。ハイブリッド(量子×スーパーコンピュータ)での実利用を狙う段階に入っています。
・日本の“純国産機”も始動
大阪大学QIQBを拠点に、国産部品で構成した超伝導量子機を公開運用(Expo 2025連動の体験展示も実施)。国産ツールチェーン整備も進みました。
一方で、ノイズが強い現実機では“本格的な量子優位の実務計算”にはまだ制約あり、という冷静な評価も続きます。

 

2) 直近1年で“質的に”変わったポイント
1.論理ビットが物理ビットを超えた(ブレークイーブン超え)
 → 誤り訂正の“理論”が現物で効き始めた。次の関門は論理ゲート全体の高信頼化と論理ビット数の倍々増。
2.スケールと忠実度の同時伸長(QV・#AQ・ゲート忠実度の記録更新)
 → 「大きくすると壊れる」を徐々に克服。より深い回路での化学・材料系アルゴリズムが実験室レベルからパイロット実務へ移行しつつあります。
3.誤り訂正の“やり方”の革新(AFT)
 → 伝統的な反復検査を減らし、100×規模の時間短縮が見込める枠組みが登場(論文)。ハード実装ができれば時代が一段進む可能性。

 

3) プラットフォーム別の“強み”
・超伝導(Google・IBMなど):高速動作と表面コード成熟度。下回しエラー訂正の実証はここから。大規模クラスタ化(System Two等)での運用力が強み。
・イオントラップ(Quantinuum・IonQ):高忠実度・全結合でアルゴリズムを深く回せる。論理レイヤの進展が速い。
・中性原子(QuEra 他):大規模アレイと配線自在性、論理ビットの運用・新規QEC(AFT)適性。近年は3000+級の安定運用実証などスケールで存在感。

 

4) 3〜5年で社会に出てくる影響(現実的な見取り図)
・材料・化学R&Dの高速化(触媒・電池・高分子)
誤り訂正の初期段でも、量子磁性や相関電子系の“量子そのもの”のシミュレーションが拡大。創薬では量子アニーラ/ゲート機のハイブリッド探索が増加。
・最適化(物流・電力・金融リスク)
#AQやQVの伸長で深い回路QAOAが回せるケースが増え、古典では厳しい制約付き最適化に“量子入りワークフロー”が混ざる。
・HPCとの“役割分担”が普通になる
富岳や欧州のHPCと量子機をネットワークでつなぐ前提設計が進行。量子側は特定サブルーチンを担当。
・セキュリティは“量子耐性”への大転換
NISTはPQC(耐量子暗号)をFIPS 203/204/205として標準化済み。2025年にHQCも選定。企業や自治体は“収集して後で解読(HNDL)”対策として段階的な暗号移行が急務。

 

5) あなた向け「今やるべき5つ」
1.量子耐性暗号の移行計画
重要データの棚卸し→期限の長いデータから**Kyber/ Dilithium/ SPHINCS+**等への移行方針と実証。委託先・ベンダの“暗号アジリティ”要件化。
2.現実装置での“手触り”獲得
IBM/Quantinuum/IonQ などクラウド量子で、材料・物流・スケジューリングの小型PoCを1〜2件走らせる(社内データは匿名化)。
3.ハイブリッド人材の育成
Python+量子SDK(Qiskit/TKET など)で量子入りワークフローを扱える層を1〜2名育成。大学・研究機関(理研・阪大QIQB等)との共同枠も検討。
4.“ウォッチする里程標(マイルストーン)”を決める
・10×以上の論理寿命改善の継続報告
・論理2量子ビットゲートの下回しスケーリング(距離↑で指数的に良化)
・50〜100論理ビット級での誤り耐性アルゴリズム完走(化学・最適化)
・運用コスト/論理ビットの公開指標化
これらが揃うと**“限定領域での実務優位”**が視野に入ります。
5.国内エコシステムの活用
国産機の公開枠やSystem Two×富岳の連携プログラム、自治体・省庁の量子施策を資金・人材面の足場に使う。

 

ひとことで言うと
・2024?25年は**「誤り訂正が本当に効き始めた」**転換点。
・最初の実用級タスク(材料・化学・最適化の一部)は、ハイブリッドで3〜5年以内に“使うと勝てる場”が増える見込み。
・一方で全面的な量子優位まではまだ距離があるので、PQC移行と選択的PoCが最善策です。

 

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